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松山鮓

● 子規・漱石・虚子が愛した郷土料理「松山鮓(まつやまずし)」の復活 ●
坊っちゃん発表100年と水産市場開場25周年を記念して復活した郷土料理「松山鮓」のこだわりは、エソ、トラハゼなどの瀬戸の小魚の旨味をいかした甘目の「すし飯」にあり!
「松山鮓」にまつわる物語

 松山には、昔から祝い事や訪問客をもてなす際に「ばら寿司」をつける慣わしがあり、「瀬戸の小魚」をちりばめた「松山鮓」は、その中でも最高のもてなしであったといえます。
 明治25年8月、大学予備門の学生だった「夏目漱石」が初めて松山を訪れ、「正岡子規」の家に立ち寄ったとき、母・八重がもてなしたのが「松山鮓」であり、「漱石」は大いに喜んだそうです。
 和服姿にあぐらをかいて、ぞんざいな様子で箸を取る「子規」の前で、極めてつつましやかに紳士的な態度であった「漱石」は、洋服の膝を正しく折って正座し、「松山鮓」を一粒もこぼさぬように行儀正しく食べていたそうで、その時の様子は、同席していた「高浜虚子」が、後に「子規と漱石と私」という書物の中で回想しており、あわせて司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」の中にもその場面が出てくることから、後々に語り継がれています。
 また、グルメであった「子規」にとって、母がこしらえた「松山鮓」が故郷の味であり、愛する松山の大切な思い出でもあったようで、このことは、「松山鮓」に関する俳句を数多く残していることからもうかがい知ることができます。

 なお、後日談として明治28年の春、松山中学校の教師として「漱石」が再び松山を訪れた際、(このときの経験が後年、小説「坊っちゃん」のモデルとなる訳ですが。)先ず所望したのが「松山鮓」だったそうですので、「漱石」にとってもお気に入りの松山料理であったことが想像できます。

 ちなみに、「虚子」と並び称される「河東碧梧桐」も「松山鮓」を好んで食べていたことが自書「三千里」の中で記されています。

子規
明治25年頃


漱石
明治25年頃


八重
明治18年頃


虚子
明治27年頃

「松山鮓」の特徴
一番の特徴は、エソやトラハゼなどの「瀬戸の小魚」でダシをとった甘めの合わせ酢ですし飯を作り、その中に刻んだアナゴや季節の野菜をもぶす(混ぜ込む)ことにあります。そして、その上に錦糸卵をちらし、最後に季節に応じた瀬戸の魚介類をお好みで盛り付けます。  本格的な料理店ではウニや車エビを使って豪華に、居酒屋では酒の肴になるよう刺身を中心に、また、食堂ではジャコ天やシメサバなどのリーズナブルな食材を盛り付けるなど、様々な場面に応じたバラエティー豊かなメニュー作りが可能となります。
夏目漱石が松山を訪れ、正岡子規、高浜虚子の3人がはじめて顔を合わせたという日本文学界の歴史的な場面を彩った「松山鮓」には、「瀬戸の小魚」とともに伝統・文化などの多彩な魅力がもぶされています。さあ、「子規」や「漱石」がうまい!と認めた「松山鮓」、当時に思いをはせつつオリジナリティーあふれるお袋の味をつけてみませんか。
「松山鮓」の基本レシピ

 (おおむね4~5人前)
【材料】すし飯 ・米3合 ・酢80cc ・砂糖80cc ・塩小さじ2
        ・エソ、トラハゼなどの瀬戸の小魚1~2匹
          (チリメンやアナゴの骨でも可)

         ・人参、ゴボウなどの季節野菜
     盛り物 ・錦糸卵50g
        ・焼きアナゴ、青物酢ジメ、
         刺身、湯でタコ、地エビなど



ジャコ天やサヨリを使った
リーズナブルな盛り付け例

【作り方】
1)硬めに米を炊く。(米:水=1:1)
2)合わせ酢を作る。

 ・エソ、トラハゼなどを素焼きし、細かく身をほぐす。
  (チリメンを使用する場合は、適量をそのままで可)
 ・酢、砂糖、塩を合わせ、加熱する。
 ・沸騰する前の酢にエソ、トラハゼなどの身を入れ、一煮立ちさせる。
  (アナゴの骨を使用する場合は、一煮立ち後に取り除く)
3)炊きあがった米と酢をウチワなどであおぎながら切るように合わせる。
4)別に味付けした刻みアナゴと細切りの季節野菜をすし飯に混ぜ込む。
5)器によそったすし飯の上に錦糸卵をちらす。
6)最後に焼きアナゴ・酢ジメした青魚(サバ・サワラ等)や刺身等の
  旬の魚介類と季節野菜などを彩りよく盛り付けて出来上がり。
【ワンポイント】身をほぐした後のエソ、トラハゼ等の骨を別に軽くあぶり、身とともに酢に入れて一煮立ちさせることで、より旨味が深まります。
【最後に一言】「松山鮓」の中には、「瀬戸の小魚」は言うに及ばず、「子規と漱石の友情」「地産地消」「食育」「俳句」「健康」「松山の食文化」など、多彩な魅力や可能性も味付けされていますので、一緒にお楽しみください。
※味の復元に当たっては、地元関係団体等のご協力をいただきました。
句碑「瀬戸の小魚・松山鮓」の建立
水産市場運営協議会では、水産市場開場25周年と「坊っちゃん」発表100年という大きな節目の年に当たる平成18年に「松山鮓」を復活させ、水産市場正面に「瀬戸の小魚・松山鮓」と題する句碑を建立いたしました。今後、子規や漱石らが愛した「松山鮓」など、瀬戸内・松山の「瀬戸の小魚」の魅力を三津の朝市・水産市場から広めていくためのシンボルとしていきます。  なお、句碑の建立に当たっては、春風書道会の地元書道家「佐子恵鳳」「村上邑園」「黒田明風」の皆さんにご協力をいただきました。

水産市場正門に立つ
子規の句碑
  ○われに法あり 君をもてなす もぶり鮓  (明治29年)【以下3句とも子規】  「漱石」が明治25年に初めて来松したときの様子を詠んだ句といわれています。ちなみに、「法」とは慣わし・習慣、「もぶり」とは具が多彩に混ざっている様を意味しています。 ○ふるさとや 親すこやかに 鮓の味  (明治28年) ○われ愛す わが豫州 松山の鮓  (明治29年)  「子規」は、「松山鮓」を故郷の味として愛し、機会があるごとにつけて食べていたようで、後年、「松山鮓」を郷土料理の誇りとしていたことが有名な語り草となっています。
松山鮓の魅力は「一石十二鳥」






※ Wikipedia「松山鮓」2008年3月19日のdebiraによる投稿 は、このWebページの作成者によるものです。
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